別に珍しくもないと思うが、垢分けをしている。
配慮とかジャンル分けとか告知垢とか、そういう他者配慮型のやつではない。
(一度特定ジャンル用のアカウントを作ったが、使わなくなってしまった。)
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人格を切り分けるように、アカウントを切り替えている。
このアカウントの人たちには嫌われそうだからこの話はしたくないな、とか。
(もやしもんで「嫌われないように生きてるってばれたら嫌われちゃうよ」というフレーズがあり、当時中学生だった僕は困惑した。
誰だって嫌われないように、村八分にされないように生きてるんじゃないのか。
ずっと意味が分からず、理不尽さを感じていた。
これに納得する回答が得られたのは、10年以上後だったと思う。
他者の心をコントロールしようとする→「嫌われちゃうよ」ということだったのか。
それならわかる、と思った。)
でも数少ない学生時代の知人とか、長年繋がりのある人には切られたくない。
昔はSNSにそんな重みは無かった。
時間の経過が思っていた以上に積み重なって、現実の社会と同等の重さになっていた。
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人間はどこかしら、幼少期から変わらない部分と年齢を重ねて変わってゆく部分があると思う。本人が望もうが望むまいが。
憧れていた作家が特定の思想に染まっていくとか、許せないものが増えていくとか、「それはもう知ってるよ」と惰性で一蹴してしまうとか。
大事な居場所でも、窮屈に感じることが多くなった。
新しい関係性を築き上げたいとは思わないが、「今いる場所」が苦しく居心地が悪い時がある。
悪ふざけや不謹慎な「悪魔の心」を自制する力も弱くなってきた。
汚言症というか、僕はまた怒られることを知らなかった頃の、小学生のやんちゃに戻りたいのだ。
それをいい齢した僕が考えるのはちょっと危険なのかもしれないけど。
しっぽをいつでも切ればいい。
憧れの人と繋がりたいとかコミュニケーションとかも興味が失せたから、暴れるだけ暴れて、怒られが発生すればパッと消えてしまえばいい。
そうやって、新しいアカウントを作る。失敗すれば放置され、上手くいけば「人格の一つ」を演じる役割を与えられる。
現世の自分の価値だって、昔よりずっと軽くなったのだから。
どうでもいいや、からすべてがはじまる。
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そのくせ、いわゆる「本垢」は生かしておきたいという浅ましさがある。
誠実でありたいと思いながら、別の汚い部分が湧いてしまう。
それを見せたくないから、むしろそれを見せないのが誠実さだとか理由をつけて、人格を分けている。そういう感覚。
嘘つきなのかもしれない。
不倫をする人間はこんな気分なのだろうかとも思った。大事な人達には見せられないけど、誰かには見てもらいたい。
普段の自分とは全く別の人間として、この世に存在したい。
そう考えると、誰誰が不倫をしたとかそういう話を「他人事」と言い捨てる権利は、少なくとも僕にはない。
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僕は昔から芝居がかった子どもというか、見たものをまねるのが好きだった。
それで怒られたりすると「演じてただけなのに」という不服感と「この行動は現実世界ではしてはいけないんだ」という解釈が残った。
演じてただけという言い分は、「面白い」と感じたものを再現してみただけであって自分の本質とは別、という意味だと思う。
不服感というのは、演じた元ネタが叱られるべき行為なのであって、僕自身の人格を否定しないでもいいじゃないか、という理屈だ。子どもなので仕方ないが。
…………
子ども時代でもう一つ、関連することとして。
僕は母親に全てを、頭の中に浮かんだ不安や悪い考えや疑問の数々を「報告」せずにはいられなかった。
(母はきっと、心底うんざりしたと思う。
僕の祖母は情の入り混じった心配や不安を絶えず口に出し周りを振り回すタイプだが、僕は祖母に本質的には似ている。
祖母を反面教師として、嫌われないように沈黙している。
母は祖母が嫌いだ。母は自分の子として僕に情があっても、他者としての僕のことは好きではないと今は思う。)
嘘をついたり、確認せずに自分で勝手に何かを始めたりはできなかった。
嘘をつけないということは別にいいことではない。
例えばサプライズプレゼントを買いに行こうとして「何を買いに行くの?」と聞かれた時、「お母さんのプレゼントを買いに……」と答えるしかなくなる。
情けない気持ちになりながら、どうにもできなかった。強迫観念として「全てを正直に話さなければならない」から。
もう一つ、僕は間を置いて同じ質問を何度もして「答えが同じかどうか」を確かめた。
これは怒られないよう事前にNGラインを把握する防衛反応でもあり、
母親が自分の問いに真面目に答えているか?という「試し行動」でもあったのだと、今ではそう思う。
答えがまちまちだと、母親が自分の話を聞き流していると判断していた。
大学生くらいでやっと、愛情とか真摯だとかはまた別として、
人間は記憶やその時の気分で受け答えが変わるものだということに気づいた。
そして全てを語れば母親は不機嫌になることが経験上多いし、上記の遺伝的気質もあり
母親が自分を「一個人として」認める、信頼することはもう無いだろうと思った。
多分その「もう絶対に心から母に受け入れられることはない」という諦めと理解が、「すべてを話さなければいけない」という強迫観念を破壊したんだと思う。
ダメ出しされそうなことは話さずこっそりやったり、自分の部屋にお菓子を溜め込んだりした。他の子どもなら小中学生レベルで卒業している行為かもしれない。
それ以降、僕は親に対して上っ面の「善き子、既に独り立ちした子」を演じている。
こういった七面倒くさいことを延々と話す事もない。
「大丈夫?」と聞かれても、耳障りな事実は語れない以上何も言わない。
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僕が重ね重ね「自分は本当は人間じゃない」とここで書くのも、現実逃避を兼ねた人格の切り分けだ。
そうやって「社会性ある善」を演じたりして穏便に大人になったふりをしながら、僕はいつまでもパターンを模倣する子どもなんだと思った。
いや、もう学習もしないから、子ども以下の存在だと思う。
そんな感じです。